真っ黒に日焼けした額から滝のように流れ落ちる汗。90`を超える巨体を丸くして、大地に種を播く。農家の若者がクーラーの利いたトラクターで作業する中、炎天下で黙々と農作業に励む。「手作業は農業の基本」と、仕事を選ばない。『農業に命をかける』といっても、彼の場合、過言ではない。
生まれつき耳が聞こえない。でも前向きさと、人なつっこい性格でその壁を乗り越えてきた。「コミュニケーションは難しくても、仕事をしていると社会の一員だと自覚できる」。
経験した仕事はいわゆる「3K」が多かった。地上数十bの鉄骨の上での溶接作業、高温で多湿な製麺所での重労働など・・・。厳しさの代わりに、社会の中で生きていることを実感できた。
だが、9年前の冬、仕事中にめまいがし、まっすぐ歩けなくなった。赤血球、白血球、血小板が減少する病「再生不良性貧血」と、医師に告げられた。呆然とした。死というものをはっきりとは想像できなかった。
「このまま静かに人生を終わりたくない。どうせなら太く短く生きたい」。自宅で静養するうちに、死と真正面から向かい合った。そして、すぐに職を探し始めた。病を理由に就職先が見つからない中、農業にたどり着いた。
「日本はお金で海外から食料を調達している。だから途上国で飢餓が生まれる。自国の食べ物は自国で作らないとおかしい」「世の中には、もっと重い病気を背負っている人たちがいる。その人のためにも、安心できる野菜を作りたい」。農業を「生きる証」に決めた。担当医も「無理しないように」と、首を縦に振った。
「目標が出来た分、今は楽しい。病は気から」。屈託のない笑顔が彼に戻った。
混沌とした日本社会。手探りの状態で、生きる術を見つけられずにいる人が多い。うまく言えないが、彼の生き方がそれを示してくれているような気がする。
さいの としふみ さん。38歳。帯広市出身。趣味は釣り。
|